『Alan Wake 2』におけるマインドの内側(連載)
「『Alan Wake 2』におけるマインドの内側」では、このゲームのオーディオエクスペリエンスを形成したクリエイティブな過程と技術的なプロセスを深堀りします。『Alan Wake 2』のサウンドスケープの裏にある決断、課題、そして革新に迫る連載です。ゲームの世界観に息を吹き込んだオーディオチームのマインドの内側を覗き、動的なダイアログや没入感あふれるエコーのつくり方、オーディオQAの重要性、そして本ゲーム独自のプロファイリングシステムを紹介します。
第1回目ではシニア・ダイアログデザイナーのアーサー・ティセロンとタネリ・スオランタが、『Alan Wake 2』のダイアログ実装の詳細を、話し言葉とナレーションを組み合わせたダイアログの相互関係について解説しました。まだご覧になっていない方は、『Alan Wake 2』におけるマインドの内側:ダイアログの区分けをお読みください。
第2回目では、プリンシパル・オーディオデザイナーのTazio SchiesariがWwiseを使用したエコーインタラクションのサウンドデザインの舞台裏を紹介し、進化するインタラクティブなサウンドスケープを形成する上でグラニュラー合成技術がどのように役立ったのかについて説明しました。『Alan Wake 2』におけるマインドの内側:Wwiseを使用したエコーデザインでこちらの内容をお読みいただけます。
そしてこの最終回では、オーディオQAの世界に足を踏み入れます。『Alan Wake 2』の複雑なオーディオシステムをシームレスに機能させるためには、専用のテストが必要です。浸水エリアでの足音からシステム全体のアンビエンスのトランジションに至るまで、オーディオQAが複雑なオーディオ課題を診断して解決する様子を、オーディオ・テスト・デザイナーのアダム・バターワースが明らかにします。次の事柄を深掘りします。
- オーディオQAとは? なぜ重要?
- デバッグツールとWwiseがオーディオ問題を正確に特定するためにどのように役立ったか
- オーディオバグの実例とバグの修正過程
『Alan Wake 2』におけるオーディオQAの重要な役割を深掘りしましょう。
図1:オーシャンビューホテルの前に立つアラン(音響プローブのデバッグが有効な状態)
はじめに:オーディオQAの役割
みなさん、こんにちは。『Alan Wake 2』におけるオーディオQAの深掘りをはじめる前に自己紹介したいと思います。
私はRemedy EntertainmentでオーディオテストエンジニアとしてオーディオチームやQAチームと共に仕事をしています。2021年1月にQAテスターとしてRemedyの一員になりましたが、すぐにオーディオチームと共に仕事をするようになり、最終的にオーディオテストエンジニアの役割を担うようになりました。
オーディオQAとは?
オーディオQAはオーディオチーム専任で品質保証の役割を担います。主にオーディオデザイナーやテクニカルオーディオチームと共に仕事をします。
オーディオQAが目指しているのは、単にオーディオに関する問題を見つけることではなく、根本原因を特定することです。問題の発見と報告までならQAの担当範囲でもありますが(「部屋の中のサウンドが聞こえません」)、オーディオQAはエンジンやWwise内のオーディオやオーディオシステムのしくみを深く理解し、問題と一緒にその原因を報告することもあります(「建物内に音響プローブがありません」)。これにより開発時間を短縮できます。デベロッパはすべきことが分かるため、問題の調査に時間を費やすことなく求められているオーディオ機能の開発に専念することができるからです。これが専任のオーディオQAによってもたらされる価値です。
それでは、ゲーム内で問題を見つけた場合、次に何をするのかについて説明します。
WwiseとオーディオQA
水は『Alan Wake 2』の主要エレメントです。アランとサガが水中を行き来する場面が数多くあります。開発時に私が見つけた問題の1つは、イニシエーション2:ケーシーでアランが殺人現場に入る時の足音に関するものでした。
アランが床下空間を離れて、大きい洞窟のような浸水エリアに入ります。問題は水の中での足音がトリガーされなかったことです。私はまずWwiseのProfilerセッションをチェックし、プレイヤーがそのエリアを歩いた時に何が起こっていたのかを確かめました。
図2(ビデオ):アランが殺人現場を歩くと間違った足音が再生される(Wwise Profilerが実行中)
私はフィルタオプションを使用してCapture LogやAdvanced Profilerで表示される対象を減らし、関連するオーディオのみが表示されるようにしました。このケースではfol_pc_fs (Foley_PlayableCharacter_FootSteps)です。
図3:Wwise Profilerのフィルタ機能を適用して足音を表示
水の中での足音がトリガーされなかったことを確認しました。次のステップは原因を特定することでした。この時、ゲーム内におけるシステム動作を理解することが非常に重要です。
考えられる原因はいくつかありました。まず考えられるのは、オブジェクトの物理マテリアルです。水の場合は当然、水線面に「Water」のタグが付けられているはずです。プレイヤーの深度のRTPCによってコントロールされる、スイッチコンテナというオーディオ設定もあります。コンテナ内には「Shallow」、「Ankle」、「Calf」、「Knee」のスイッチがあります(バグの発覚時)。
ゲーム内の物理マテリアルデバッグツールを使用して、水には正しく「Water」のマークが付けられていることを確認できました。ということは、fs_wading_layerの設定に問題があることが分かります。
次にボイスグラフをチェックしました。再生中の足音サウンドを選択してからVoice Inspectorを開き、fs_office_shoesスイッチのトリガー時に「Gravel」スイッチがトリガーされていたことを確認しました。
図4:Voice Inspectorに「Gravel」が足音マテリアルとして表示されている
ゲーム内の物理マテリアルの設定が正しいことは分かりましたが、「Gravel」が再生されるように指示されていたため、fol_pc_office_shoesのスイッチコンテナを調べることにしました。
ここでの最初のステップは、水に割り当てられているオブジェクトを確認することでした。オブジェクトは正しく割り当てられていましたが、ゲーム内でplayer_water_depth RTPCを追跡したところ、深度の値が水の足音をトリガーするほど大きくありませんでした。代わりに、水より深度が低いマテリアルのサウンドが再生されていました。
レベルデザインチームと共にこれを修正し、水の「深度が高くなる」ように地面の深度を下げ、正しい足音サウンドが再生されるようにしました。
図5(ビデオ):殺人現場を歩くアラン(バグが修正され、水の深度のRTPCが正しくトラッキングされている)
アンビエンスのテスト
図6:コルドロン湖の雑貨店に立つサガ(アンビエンスのデバッグツールが有効な状態)
ゲームのこのエリアは、テストで最も楽しかったエリアの1つです。
ここでは、ゲーム内部のシステムからカスタム(屋外から屋内)設定について説明します。
『Alan Wake 2』のオーディオアンビエンスシステムは、部分的にシステミックですが、マニュアル設定の部分も数多くあります。屋外にいる時に再生されるアンビエンスは、プレイヤーの周りにある木々の数といった環境要因によって、システム的に決定されます。動き回って探索すると、この変数(部分的)によって複数のアンビエンスベッド間のブレンドがコントロールされ、アンビエンスが再生されます。
天気もシステム的に制御されます。例えば、コルドロン湖には2つの風システムがあります。1つのRTPCは風力値に関係なく定数値になります。モジュレーションが適用されたもう1つのRTPCによって突風サウンドを再生します。
しかし屋内エリアに入ると、カスタムデザインされたアンビエンスベッドがトリガーされます。これは入るエリアに応じてサウンドデザイナーが選択したアンビエンスベッドです。出入口がトリガーボックスになっており、屋内エリアに入る時に、これらのアンビエンスに加え、リバーブや銃声の残響音も設定されます。これらのトリガーボックスを通ると、「Interiority」という名前のRTPCが更新されます。このRTPCは0と1の間のスケールで設定され、新しい部屋や建物に入ると、これらのエレメントがミックスされます。
図7(ビデオ):武器を発射しながら雑貨店を出て別の部屋を通過するサガ(さまざまな武器テールのデモンストレーション)
ご覧のように、ここには多くのバグが存在します。例えば、雨システムは部分的に風システムと同じように機能します。固定値を取るモジュレーション値があり、選択内容に応じて変わります。次にRTPCがブレンドコンテナを駆動します。これは軽量アセットと重量アセットのミックスであり、中央にクロスフェードがあります。
Return 2で問題が1つ見つかりました。心臓を使用して魔女のひしゃくに戻る時に、雨の進行が意図した通りになっていませんでした。水端での戦闘で雨量と濡れ具合の値が減少しますが、これが0に達する前に魔女のひしゃくでシネマティックをトリガーできるようになっていたため、サガや周りの世界が乾いて見えるのに、シネマティックで雨のサウンドが聞こえていました。その後、シネマティックで雨量はすぐに70に増えていました。
図8(ビデオ):サガが魔女のひしゃくの場所にたどり着いてカットシーンをトリガーした時の雨量の進行値が示されています。このシネマティックがスタートすると、雨量が下がり続けているのに濡れ具合の値が0になっているため、バグが発生していることが分かります。
おわりに
この記事をお読みいただきありがとうございます。
『Alan Wake 2』の開発時に直面した、いくつかの問題に関する記事をお楽しみいただけましたでしょうか。ご覧のように「オーディオバグ」の多くはオーディオのバグではないことが一般的です。水の深度検知や雨量で分かったように、むしろオーディオはもっと深い問題の兆候であることも珍しくありません。
繰り返しになりますが、オーディオのしくみを深く理解している専任のオーディオQAが適切な部署に問題を伝えることで、誤ったバグ報告が減り、バグを迅速に修正できます。
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