inXile Entertainmentは、2018年にクラウドファンディングに成功してゲーム『Wasteland 3』の制作を本格的に始めました。前作『Bard's Tale IV』のサウンドトラックが高い評価を受けたことで、ブライアン・ファーゴは、新作に革新的な音楽の使い方を検討して欲しい、と制作チームに伝えました。そこで、シニアライターのネイサン・ロングは、inXileのニューオーリンズのトップであるマット・フィンドレーが『Wasteland 2』用に考えていたアイディアを使い、プレイヤーのゲームプレイ中の選択に合わせてカスタマイズされるフォークソングをエンドクレジット用に作詞し、曲中の各ヴァース(verse)がそれぞれストーリー上の1つの重要な決断にフォーカスするようにしました。これにブライアンとマットが賛成し、『What We Did In Colorado』が生まれたのです。 決して楽な「誕生」では、ありませんでした。
『Wasteland 3』 自分の選択肢で展開されるバラード
ロングが作詞した詩とメロディーの歌い手として選ばれたのは、ブルース、カントリー、フォークのミュージシャンとして活躍中のウィリアム・ウィットモアで、4分ほどのバラードは普通は難しい仕事ではありません。ところが『What We Did in Colorado』は、ゲーム中にプレイヤーが取るかもしれない路を全て網羅する必要があり、バリエーションが60種以上になり、違うヴァースと歌詞の組み合わせで歌う必要がありました。一般的にこのスタイルの曲の歌詞は、16~20行ほどになります。ウィットモアが歌ったのは、なんと92行でした。
SteinbergのDAWのNuendoで行った、ヴァースのアライメント処理のごく一部
歌はプロローグから始まり、続く6つのヴァースは、ゲーム中の選択に沿った決断ポイントに基づいて急激に複雑化し、最後に、プレイヤーが体験し終わったばかりのエンディングが、しめくくりのコーダとして表現されます。ときにはプレイヤーが失敗を重ねてしまい、ゲームが時期尚早に終了してしまうこともありますが、そのためのヴァースも用意されています。
ウィットモアがレコーディングしたヴァースは2018年末にマット・フィンドレーに送られ、マットはオーディオディレクターのアレックス・ブランドンに届けました。アレックスはヴァースを、ミュージシャンであるケント・ホームズがアレンジしてレコーディングした、フルバンド演奏のインストゥルメンタルトラックに合わせて並べました。
ヴァースのアライメントには、エクスポートポイントに同じ「スタート」と「エンド」が必要で、テンポとリズムとタイムを一定に維持するためにストレッチ機能を使いました。この時点で、ヴァースの名前は、歌詞ドキュメントに記載の行の名前に従って付けてあり、そのヴァースを、ゲーム中にプレイバックを行うWwiseへエクスポートしました。このあたりから、段々とクレイジーになってきました。
Wwiseで定義するヴァースとトランジションの、ほんの一部。
ホームズが提供したインストゥルメンタルのトラックは、固定です。どのバージョンのヴァースをコールしても変わらないので、ウィットモアが歌った92行は、歌詞とヴァースの組み合わせに従い、全てインストゥルメンタルのトラックに重ねて揃えて、上図左にあるWwiseセグメントのスタートポイントに合わせる必要がありました。右側に、歌に伴う映像がいつ変わるのかと、どのヴァースを再生するのかを定義するトランジションが入っています。
ミュージックを再生するWwiseオブジェクトがSwitch Containerで、発生する可能性のあるトランジションのためのスイッチは 合計61種類 あります。
もうこれで十分「クレイジー」かな?まだまだです。アレックスがオブジェクトをセットアップしてWwiseに取り込み、シニアオーディオデザイナーのジェームズ・バーカーが、タイミングやトランジションルールを調整して全てのヴァースが確実にプレイバックされることを確かめていく中、1つだけ足りない要素があり、それはゲームからくるデータでした。
ゲームのシネマティックスや、会話や、『Wasteland 3』のプレイヤー選択肢をトラッキングするためのロジックの、作成と管理に、OEIというツールを使っています。ところが、OEIと歌詞シートではヴァースの整理の仕方が違ったので、OEIとWwiseがうまくやり取りできていませんでした。このため、エンジニアのカート・ハイサンやマシュー・デイビーと話し合った結果、ゲームのリードデザイナーであるジェレミー・コップマンは、Wwiseのイベントと、ヴァースが入っているOEIノードの、整合性を取るためのとてつもない作業にとりかかり、延々と続く手のかかるプロセスが始まりました。
OEIの会話「EndSong」の一端
最後に、OEIのスクリプトを設定してWwiseの変換が済んだところで、エンディングをテストするために、ゲームステートを設定しヴァース同士のあらゆる組み合わせをチェックして、全てが正しく再生されるかどうかを試しました。気が狂いそうなタスクで、ゲームのリリース日が近づくにつれ、QAからも手を借りて体制を強化し、プレイヤーがどんな選択肢を取ろうと、それが例えくだらなくても、特殊でも、奇妙でも、旅路の紆余曲折が必ずファイナルソングの歌詞に反映されることを確かめました。
チームメンバーの感想:
マット・フィンドレー 「私たちは、素晴らしい音楽をつくり出せることや、ストーリーが広範囲にわたって反応型なことを誇りにしているスタジオなので、これら2つのコンセプトを結び付ける必要性を、当然のように感じていました。」
ウィリアム・ウィットモア 「このようなプロジェクトは、今までに経験したことがありませんでした。こんなにユニークで前例のないことに携わることができ、光栄です。歌詞もストーリーも非常によく考えられていて、そこに入り込んで自分のものにして、なりきるのは、簡単でした。最高のコンセプトだと思います。」
アレキサンダー・ブランドン 「私は90年代半ばからずっとインタラクティブミュージックを語ったりつくったりしていますが、新天地を切り拓くような状況には、滅多に恵まれません。今回は、そうでした。ゲーム音楽でここまでやれるなんて想像もしていなかったことを、みんなで協力したおかげで実現できました。」
ネイサン・ロング 「プレイヤーができることを全て、韻を踏んで歌の拍子に合わせて作詞しないといけなかったので、自分が一番大変だと考えていました。ところが、本当の仕事の始まりは、作詞とレコーディングが終わったあとでした。このクレイジーなアイディアが成功するまで戦ってくれたアレックス、ジェレミー、そしてチームのほかのメンバーに、感謝です。」
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