Wwiseを使ったゲームのマスタリング | パート2:Mastering Suiteのプリセットとその使い方

ゲームオーディオ / インタラクティブオーディオ

このシリーズの前半では、ゲームのマスタリングの考え方について説明しました。後半ではMastering Suiteに含まれるさまざまなプリセットの使い方と、使うタイミングについて説明します。

マスタリングのプリセットという名前が誤解を招くかもしれませんが、事前に設定されたプリセットでゲームを完璧にマスタリングすることはできません。ただしこれらプリセットは、完全な再設定より直感的で便利な出発点になるかと思います。

それがまさしくこの記事で紹介するプリセットの目的です。あなたの最終的な構成にたどり着くための「スタートポイント」として利用してください。これらのプリセットはPS5のDolby Atmos(ドルビーアトモス)対応の機会に合わせて作成され、Wwise 2023.1.1で提供されています。

ゲームのさまざまなオーディオ設定に合うよう、プリセットは複数の異なるタイトルを使用して作成されました。必然的にあなたのゲームに合わせて各パラメータを微調整することになりますが、希望する状態に到達するためにすべてのモジュールを設定しなおす必要はないでしょう。

マスタリングせずにIntegrated Loudnessが「-24 LUFS」となる生のミックスを処理するために、これらのプリセットは最適化されており、処理を行った後も「-24 LUFS程度(±2)」となるかと思います。

この点はコンプレッションやリミッティングなどの非リニアな処理において重要です。あなたのミックスのラウドネスが「-24 LUFS」よりも小さい、または大きい場合は調整してください。 

:Wwise 2022.1.10および2023.1.1において更新されたMastering Suiteプリセットの一部で、LFE、SL、HFLの各チャンネルのMaster Volumeゲインが不正確またはバランスの悪いものがあります。今回の手順を正しく追うために、Wwise 2022.1.11/2023.1.2以降でセットアップしてください。

 

img1-m2

スタジオでマスタリングのプリセットを調整するダニエリとロイク。Alexei Smith撮影

 

1 - ホームシネマ

シェアセット名:HomeCinema

HomeCinemaプリセットはこのシリーズの前半において提案した安全リミッタのみを適用するものです。

このプリセットで使用するAdvanced Limiterアルゴリズムは、最も効率的で、モダンで、透明感のあるサウンドを達成するためのモードです。ほかにもハードのクリッパーでサチュレーションを起こしやすいHardモードと、 ポンピングを起こしやすくサウンドの透明度が低いベーシックなリミッタのSoftモードがあります。

Advanced Limiterは高い品質と引き換えに、48 KHzで2.6ミリ秒のわずかなルックアヘッドのレイテンシが発生します。

これはレイテンシが軽視できないほど大きくなる、本物のトゥルーピークリミッタとは異なります。スレッショルドはTrue Peak Maximumの設定より低い方がよいかもしれません。

ゲインモジュールはアクティブになっていますが、オフセットが適用されていません。その他のモジュールはバイパスされていますが、これから説明する「HomeCinemaHeightBoost」プリセットに設定されています。

 

2 - ホームシネマ用ブースト

シェアセット名:HomeCinemaHeightBoost

HomeCinemaHeightBoost_v2

このプリセットは各モジュールがサラウンドやアトモスに適したスタートポイントとなるように構成されています。ややおおげさな処理が適用され、音がおそらく美しく鮮やかになります(このため名前に「Boost」とついています)。 

あえて極端な処理の理由は、以下の通りです:

  • 影響をはっきりと聞き取ることができ、必要に応じてすぐに反応して下げることができます。
  • 正しい方向性を示すパラメータとなり、初心者ユーザにとって便利です。
  • 統計的にバランスのとれたミックスが、美しく仕上がる設定となっています。プリセットを使用することにより、統計的に優れている設定をあなたのミックスに簡単に適用することができ、実際に「楽勝」となるかもしれません。

これらの設定があなたのサウンドにとって少しでもよい影響があった場合、方向性を判断するヒントとなります。

一方、サウンドに悪影響を及ぼしている場合、すべてのモジュールを再設定せず、ゲインを簡単に取り除くことができるかと思います。 

目的

サラウンドやアトモスにおけるゲームマスタリング手順を提案するプリセットであり、ほかの出力フォーマットとの互換性もあります。

EQ

汎用的に使えるマスタリングの設定で、よさを増強するようなHi-Fiカーブゲインです。

6バンドはすべてアクティブであり、調整しやすいように設定されています:

1 - Low shelf - ローが軽すぎる、または重すぎる場合に調整します。
2 - Low control - ブームを軽くしたい、また重くしたい場合に調整します。
3 - Low mids control - 濁りを減らしたい、または厚みを増やしたい場合に調整します。
4 - Midrange presence - 鼻にかかったような音の場合は減らし、やや空洞感がある場合はブーストします。
5 - High mids control - ハーシュネスを削減したり、よりはっきりとさせたりします。
6 - High shelf - トップが暗すぎる、または明るすぎる場合に調整します。

注:シェルフゲインはほぼ間違いなく高すぎると感じられる設定となっており、必要に応じてゲインを下げてください。

コンプレッサー

軽めのマルチバンドの心地よい「密度エフェクト」が設定されており、圧縮の実験をするための面白いスタートポイントとなるかと思います。

前半で言及したサラウンドやアトモスにおけるアクション音の、聞き取りやすさを守るPartial linkモードを使っています。

注:スレッショルドやレシオは、非常に低く設定されています。スレッショルドやレシオを少し上げてもよいかもしれません。低いスレッショルドとレシオの組み合わせは、ミックス全体のカラーや密度を面白くしてくれますが、逆にスレッショルドを高くすると最もラウドな瞬間だけに影響し、透明度が高くなるかもしれません。さまざまなアプローチを試してみてください!

ゲイン

前半で言及したサイドとリアのサラウンド減衰と、シーリングスピーカーのブーストを適用します。必要に応じて調整してください。

注:シーリングスピーカーのブーストはおそらく大きすぎると思われますが、タイトルによっては、これが見事なエンベロープエフェクトをつくり出します。高すぎる部分を簡単に特定し、下げることができます。

リミッタ

Advancedモードと同じ安全リミッタの設定に設定されています。

 

 

3 - ナイトモードとナイトモードストロング

シェアセット名:NightMode、NightModeStrong

定義

Night Modeは家族や近所の迷惑にならないよう、特に夜間にスピーカーの音を小さくするプレイヤーを念頭に置いたプリセットです。ビデオゲームのサウンドは非常にダイナミックであり、ボリュームを下げた時も静かな音がはっきりと聞こえ、大きい音がうるさくならないよう、このモードでは極端な圧縮をかけます。そもそもこのモードでは過度に圧縮され、音が透明になることや、元のミックスに忠実な音となる可能性はありません。逆にいろいろと試すことができ、楽しいモードです。

プリセット

Night ModeはNight ModeとNight Mode Strongの2種類のプリセットがあります。コンプレッサーにすばやいアタックを適用した場合は強いポンピングエフェクトが発生してしまうため、比較的スローなアタックをコンプレッサーに適用し、リミッタを使いピークやトランジェントをキャッチします。

非常にダイナミックなタイトルにおいて、小さい音も完全に聞こえ、大きい音も適切な音量で維持されるよう、圧縮をさらに強制的にかけるために追加したのがNight Mode Strongプリセットです。

前述の通り、これらのプリセットは入力側のIntegrated Loudnessが「-24 LUFS」であることが前提で、プリセットで「-24LUFS(± 2 LU)」のミックスが提供され、プレイステーションのエコシステム全体と統一感のあるエクスペリエンスになります。ゲームによって状況が変わることがあるため、必ず確認してください。 

nightmode_v2

Night Mode:EQとMaster Volumeで低周波を減らし、コンプレッサーにPartial linkを設定し、リミッタは比較的低いスレッショルドです。 

nightmodestrong_v2

Night Mode Strong:コンプレッサーとリミッタのスレッショルドをさらに低くし、ダイナミックレンジを大幅に押さえます。

ゲイン

多くの場合、重要なアクションやナレーションはフロントスピーカーで起きていますが、これを聞き取りやすくするためにサラウンドやシーリングスピーカーで下げています。

Night Modeは主にプレイヤーの周りへの影響を抑えるためのものであり、LFEチャンネルはミュートに設定されています。このミュート設定は、好みに応じて解除してください。

EQ

プリセットの圧縮が重すぎるため、コンプレッション前のEQはトーンのバランスを決めることを目的とせず、コンプレッション処理を容易にする信号をかたちづくるために使用しています。トーンのバランスはコンプレッサーバンドのメイクアップゲインで定義した方が効率的です。

注:ハイパスフィルターが適用されますが、圧縮が大きいため処理後に低周波が残ります。ハイパスフィルターは主に圧縮前のサブフリーケンシーを排除するために使用しています。

コンプレッサー

圧縮は予想通り、極端に大きくなっています。これを行う方法はいくつかあります。

ゆっくりとしたアタック、低いスレッショルド、そして適度に高いレシオを使うことにより、ほかの方法より効果的で自然な音となります。

率(%)が高い時はLink Modeを使用し、アクションの聞き取りやすさを維持します。

リミッタ

リミッタはトランジェントを積極的にブロックするために使用するため(第2のコンプレッサーのように)、スレッショルドを非常に低く設定してあり、全体的なレベルを望ましいターゲットにあげるためにメイクアップゲインを活用しています。

トランジェントが特に強く感じられ、サチュレーションが発生する場合、コンプレッサーのアタックタイムを減らしたり、リミッターのスレッショルドを上げたりします。

 

最後に

Mastering Suiteはあなたのミックスを発展させるチャンスを提供し、NightModeのようにゲームオーディオ設定のツールが揃っています。時間が許すのであれば、コンフィギュレーション別にミックスを変え、繊細なマスタリングプリセットを作成し、よりよい結果に繋げてください。

2回の連載を通し、あなたが次のタイトルでMastering Suiteを試してみる気になり、すでに採用している場合は理解を深めるきっかけとなることを願っています。

このプラグインは無償で簡単にインストールでき、この連載で紹介したすべての設定を試すことができます。

さまざまなオーディオチームがMastering Suiteをプロジェクトで活用する様子を知ることは、私たちにとって大変楽しみなことです。

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ロイク・クーティエ&ダニエリ・シェンブリ

ロイク・クーティエ&ダニエリ・シェンブリ

ロイク・クーティエ

PlayStation Studios シニア・サウンドデザイン・スーパーバイザー

PlayStation Studiosの受賞歴のあるシニア・サウンドデザイン・スーパーバイザー。ロンドンを拠点にCreative Arts Soundチームで働いています。オーディオ・リードとして『Returnal』、『WipEout Omega Collection』などに携わってきました。

ダニエリ・シェンブリ

Sony Interactive Entertainment オーディオチーム・マネージャー

Platform Experience Group内のロンドンのオーディオチームのマネージャー。PlayStationプラットフォーム向けに日米のチームとともにSDK機能の研究開発をすすめています。

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