クラシックを復活させる:『Warhammer 40,000: Space Marine – Master Crafted Edition』のサウンド

ゲームオーディオ

はじめに

Sneakyboxはフルゲーム開発や移植およびリマスターサービスを専門とする、リトアニアのビデオゲーム開発スタジオです。 2012年に設立されて以来、『Lords of the Fallen』(Hexworks/CI Games、2023年)や『Star Trek: Resurgence』(Dramatic Labs/Bruner House、2023年)など、数多くのタイトルに携わってきました。2023年に同スタジオは、SEGAから伝説的な『Warhammer 40,000: Space Marine』(Relic Entertainment/SEGA、2011年)のモダナイズとリマスターを依頼されました。

このリマスター工程において、私は唯一のテクニカルサウンドデザイナーとして起用され、オーディオパイプライン全体を監督しました。私の作業の大部分はWwiseでのデバッグ、実装、そしてミキシングでした。

 

クリエイティブ面と技術面における目標

大まかに言うと、『Warhammer 40,000: Space Marine – Master Crafted Edition』の開発には、クリエイティブ面と技術面における目標に応じた2つの構想がありました。

クリエイティブ面ではオリジナルのコンテンツの維持と強化に、可能な限り取り組みました。特にオーディオに関して言うと、長年にわたりファンに愛されてきた、作品を象徴するオリジナルの音楽とサウンドエフェクトをほぼすべて維持することを意味しました。

技術面の目標については、ゲームを現代のゲームプラットフォームに対応させるため、チームはゲームエンジン内の14年前のシステムのモダナイズに乗り出しました。オーディオシステムも同様に、ゲーム内リバーブの品質向上やSFXランダム化の強化などが行われました。また制作の技術的な側面は、クリエイティブ面の目標を達成する上でも効果を発揮し、システムが更新されたことでオリジナルのオーディオ素材の魅力も増しました。

 

デバッグ:Wwiseの移行と既存のエラー

オリジナルのSpace Marineは14年前にリリースされました。そのためこのタイトルのモダナイズはチームに言わせると、ビデオゲームに対してある種の考古学的な作業を行っているようなものでした。私たちはオリジナルのゲームのオーディオに関する14年前のドキュメント(図1、図2)に繰り返し目を通し、当時のクリエイティブ面の方向性、オーディオシステムが意図していた機能、そしてどこに何が記載されているのかを把握しようと努めました。

図1:音楽の構成およびデザインに関するドキュメント

図1:音楽の構成およびデザインに関するドキュメント

図2:台詞のイベントおよび引数のマトリックス

図2:台詞のイベントおよび引数のマトリックス

例えば、Wwiseプロジェクトを2011.1バージョンから2021.1.14バージョンへ移行する必要がありました。Wwiseを移行したことがあれば、特にこれほどの規模と期間の場合、どれだけ多くの問題や不整合が生じたかご想像いただけるはずです。以下に、その中でも代表的な問題をいくつか示します。

オーディオエミッターが3D環境でランダムに配置され減衰していたため、2Dのアンビエンスとシネマティックオーディオに不要で過度に干渉するローパスフィルタがかかっていた

  • 2Dアセットは3D空間でポジショニングを無効にすることで解決しました。

Interactive Music Hierarchyに破損したトランジションがあった

  • 音楽アセットはボリュームしきい値を回避することで解決しました。

一部のアンビエンスRandom Containerに破損したトランジションがあった

  • これらの特定のコンテナについて、一部のボリュームしきい値を慎重に回避し、フェード特性を調整することで解決しました。

機能しないGame-definedリバーブAUXセンドシステムがあった

  • Master-Mixer Hierarchy内のGame-definedリバーブセンドシステムを再設定することで解決しました。

また古いプロジェクトバージョンには、致命的ではないエラーもいくつかありました。そのようなエラーはサウンドバンクをビルドする際に多数発生しました。例えば未使用のオーファン(孤立)イベントがさまざまなバンクに割り当てられたため、ビルド時にエラーが発生しました。さらにゲームエンジンが、Wwiseで明らかに未使用または欠落している一部のイベントをトリガーしたため、ゲームのプロファイリング中にエラーが発生することがありました。そのような警告を減らすため、あくまで整理を主な目的とし、一部のクリーンアップを実施しました。

 

新しいサウンドを追加し、古いサウンドを一新:BolterのSFXとOrkのVO「シャウト(叫び声の台詞)」

オリジナルのオーディオ素材はできるだけ維持するよう努めましたが、一部のアセットは変更または強化する必要がありました。大きな変更をいくつか挙げると、近年のほかの『Warhammer 40,000』タイトルとの一貫性を高めるためにBolterサウンド(銃本体と弾丸のインパクト)を更新したほか、一部UI SFXの更新、Ork Boyのシャウトの刷新などを行いました。

最後の変更については2つの作業を行いました:古いOrk Boy VOアセットの再デザインおよび再実装、そして追加で収録された新しい台詞のデザインおよび実装です。

新しく収録したシャウトについては特有のロンドンなまりを維持することにし、脚本担当が台詞を追加した後、PitStop Productionsの方たちの協力を得てアセットの収録と編集を行いました。続いてそれをReaperプロジェクトに取り込み、Ork風の荒々しさを加えました。主にピッチを下げ、わずかにサチュレーションを加えることで、高域を失わないようにしつつ攻撃的な印象を追加しました。

最終的にゲームのMaster Crafted Editionには新しいOrk Boyシャウトを200件近く追加し、これによって台詞の繰り返しが多いという、オリジナルのゲームでもプレイヤーから指摘されていた問題を解消しました。

 

ミキシングとマスタリング

ミキシングについてはゲームのオリジナルの出荷版と比較し、大幅な変更は行いませんでした。ただしゲームプレイ体験を向上するため、いくつかの調整を行う必要がありました。以下にミキシングにおける主な変更をいくつか挙げます。

減衰 ― さまざまな減衰カーブを微調整しました。そのほとんどが台詞の減衰です。プレイヤーにゲーム内のイベント(Squigの接近、Ork Boyの死など)を伝えることと、距離に応じたサウンド減衰のリアル感を高めてプレイヤーの没入感を向上させることを、バランスよく両立することが目的でした。

Death Screen ― メインキャラクターのTitusが死亡すると、プレイヤーにDeath Screenが表示され、Titusが「今日の一言(Thought of the Day)」を読み上げます。その間、ゲームプレイのサウンドスケープはすべて再生され続けます。そのバランスをうまく取るため、Death Screenが表示されるとすべてのゲームプレイサウンドに対して、ローパスフィルタがトリガーされます(以下の動画例をご参照ください)。これにより適切な周波数スペースを確保できるため、Titusの台詞が聞こえやすくなります。

Game-definedリバーブセンド。割り当てられたゲーム環境に適したリバーブエフェクトを実現するため、すべてのGame-definedリバーブAUXチャンネルを調整しました。

さらに最大7.1スピーカーセットアップのサラウンドサウンド機能に対応するため、ゲームをアップミックスする必要がありました。まずはじめに、3D環境に配置すべきオブジェクトがすべて適切に設定されていることを確認する必要がありました。続いて、ステレオのアンビエントアセットをアップミックスし、サラウンドシステムに対応させました。これはWwiseで行います。オリジナルのアンビエンスアセットをプレイヤー前方の50%の距離に定位し、同じ信号をUser-defined AUXリバーブバスに送り、プレイヤーの後方にミキシングします(図3)。シンプルながら効果的な手法で、比較的うまく機能し、十分なクアッドアンビエントのベッドを確保できました。

図3:リバーブセンドを使用した、シンプルなアンビエンスアップミックス手法

図3:リバーブセンドを使用した、シンプルなアンビエンスアップミックス手法

マスタリング工程では、AudiokineticのMastering Suiteを使用しました。ゲームのミックスにわずかな磨きをかけるための、効率的な業界標準のツールであることが実証されています。マスタリングチェーンで採用したのは、軽いEQシェルフ、主に一部の低周波数を抑えつつパンチを効かせる(図4)ためのマルチバンドコンプレッション、そして各プラットフォームで求められる基準値にラウドネスレベルを維持する(例えばWindowsの場合は-22 dB LUFS-I)ためのリミッタです。

図4:Mastering SuiteにおけるEQおよびマルチバンドコンプレッションのチェーン

図4:Mastering SuiteにおけるEQおよびマルチバンドコンプレッションのチェーン

 

結論

このような象徴的なゲームの復活に携わる機会を得られたことは、本当に光栄でした。『Warhammer 40,000』シリーズが長年にわたり築き上げてきたコミュニティを念頭に、チーム全体が情熱を注ぎ、熟考を重ねてこのプロジェクトを仕上げました。

オーディオに関して言うと、オリジナルコンテンツの完成度が高かったため、その魅力をさらに引き出すという作業もスムーズにいきました。音楽構成は今もなお色褪せず、サウンドエフェクトも邪悪な雰囲気を失っていません。そのため『Warhammer 40,000: Space Marine – Master Crafted Edition』を包み込む地獄のようなサウンドスケープにさらなる迫力を加えることは、まさに楽しい作業でした。

ドナタス・ヤルティス

テクニカルサウンドデザイナー | Warhammer 40,000: Space Marine – Master Crafted Edition

フリーランス

ドナタス・ヤルティス

テクニカルサウンドデザイナー | Warhammer 40,000: Space Marine – Master Crafted Edition

フリーランス

ドナタス・ヤルティスはゲームオーディオを専門とするフリーランスのサウンドデザイナーです。音楽制作とオーディオエンジニアリングの経歴を持ち、ここ数年間はゲーム開発業界でサウンドエフェクトデザイナーおよび実装担当として活躍しています。プライベートではリトアニアのローカルパンクバンド「blank」を率い、自分たちの音楽にサウンドデザインを、そしてゲームオーディオ領域にパンクロックを取り込みたいと考えています。

jarutisaudio.com

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