『Neva』のサウンドについて

ゲームオーディオ

この記事は著者がMediumに最初に投稿したものであり、彼のほかの記事はこちらよりご覧いただけます。

はじめに

2024年にリリースされたゲーム『Neva』において、私はNomada Studioと再び協業する機会に恵まれ、ここ数年携わってきました。『Neva』は主人公アルバと相棒の狼Neva(ネバ)を追う、2Dプラットフォーム&アクション&パズルゲームです。ゲームの難易度が上がるにつれ、アルバとネバの関係はチームワークと助け合いを通じて深まり、発展します。私にとって驚くほど特別でやりがいあるのプロジェクトとなり、今日はそのオーディオ面の考え方について詳しく共有できることを大変嬉しく思います。

 

クリエイティブ面の方向性

クリエイティブな方向性を知ることは、『Neva』を知る上でちょうどよい出発点です。クリエイティブ兼アートディレクターのConrad Rosetに『Neva』のクリエイティブ面の方向性について尋ねたところ、主な点として次をあげました:

  • アート:アートと音楽の独特な融合こそ、Nomada Studioのアイデンティティです。その相乗効果が『Gris』では色彩を通して表現されましたが、『Neva』では行動力や追跡を通して発揮されます。
  • ストーリー:これは母と子の複雑な関係を描いたゲームであり、息子に対する母の想いと母に対する息子の想いの両面から、感情的な絆を表しています。
  • 伝統的な芸術とアニメーション:Conradはゲームの芸術性に焦点をあて、プレイヤーが目に見える線、飛び散る雫、筆遣いなどに気づくことを促しています。リアルさより『Neva』の芸術性を強調し、人間の手による作品であることを伝えようとしています。
  • 量より質:『Neva』は比較的短いゲームですが、細部まで研ぎ澄まされています。Nomada Studioはコンテンツの拡充より、洗練されたエクスペリエンスを届けることを優先するスタジオです。

 

数々のサウンド

このゲームのオーディオに携わったチームは、4人のサウンドデザイナーと女性声優1人です。技術的には『Unity + Wwise』を使用し、制作したサウンドは合計4640個以上、中でもネバを呼ぶ声は449個にもおよびます(この役のオーディションに、わんちゃんが何頭も参加してくれました!)。

オーディオチーム

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アルバ役の収録にて — Gabriel Granda、Cristina Peñaと私
 
オーディオの考え方

『Neva』のオーディオデザインには新鮮なアプローチが必要でした。『Gris』でストーリーを伝える主要な役割を果たしたのは音楽、アート、アニメーションでしたが、『Neva』では存在感のあるオーディオデザインが求められました。『Gris』のオーディオエクスペリエンスの主役が音楽であったのに対し、『Neva』では音楽とサウンドをバランスよく取り入れています。私も新しいアプローチで『Neva』のクリエイティブ面に臨みたいと思い、ゲームエクスペリエンスを強化するためにクリエイティブなリスクを取る覚悟がありました。こうしたビジョンに基づく本プロジェクトのオーディオの考え方は、主に次のキーポイントにまとめることができます:

  • プレイヤーにとっての体験:常に中心にあるのがプレイヤーの体験向上であり、サウンドのあらゆる要素を通して物語を伝えようとしています。
  • アジアの打楽器に強い影響を受けています。
  • ほかのゲームではなく、アジア系の映画に強い影響を受けています。お嬢さん別れる決心花様年華もののけ姫などを参考にしています。
  • オーディオエクスペリエンスはできる限り柔らかく繊細に
  • 登場人物の表現力:アルバが声にするのはネバの名前だけですが、私たちは動き、攻撃、息遣い、鼻歌などの豊富な音と組み合わせ、豊かな感情表現を目指しました。
  • 主な手段:トレモロ、グラニュラーシンセシス、サンプリング、ピッチシフト、コンボリューションリバーブ、ディレイ。
  • 音楽的なサウンドデザイン:任天堂のオーディオに対する考え方に影響され、何層にも重なる層の深さと、豊富なバリエーションを揃えました。
  • ダイナミックレンジ:ボリュームが広範囲にわたり変化し、例えば冒険やパズルシーンは-30 dB LUFSあたりで落ち着くのに対し、戦闘シーンのピークは-19~-17 dB LUFSあたりまで跳ね上がります。

 

「たった一言で、できるだけ多くの感情を伝えるために」 - Yahoo Answers

Nevaに登場するアルバと狼の絆をボイスオーバーから把握してもらうためには、それぞれがどのように音を使い、気持ちを表現しているのかを検討する必要がありました。

ゲーム中にアルバが声にするのはたった一言、ネバの名前だけです。つまりこの一言と息遣いやその他のジェスチャーを活かし、さまざまな感情や状況を発信しています。この場合、声優のCristina Peñaのパフォーマンスのバリエーションが、コミュニケーションにとって極めて重要でした。彼女がアルバに生命を吹き込み、わずかな言葉で実に多くの気持ちを見事に表現してくれました。ネバを呼ぶ声は合計700個以上、アクション(ランニング、クライミング、アタックなど)も45種類以上をレコーディングしました。

一方、狼のネバはどうでしょう。ネバはゲーム中に成長し、3種類のステートを持ちます。子ども時代:面倒を見てもらい、かわいがってもらうステート、次に若者:(もう言うことをあまり聞いてくれません)、そして大人:成熟した同伴者としてあなたを熟知し、本能的にあなたを守ろうとするステート。このようなネバの性格を、吠え声、うなり声、泣き声、うめき声などのさまざまな発声で表現する必要がありました。これらのステート以外にもネバには、臭いを嗅ぐ、好奇心を持つ、行動を起こそうとする、寝るなど、さまざまなステートがあり、そのジェスチャーがあります。

ネバ独自の言葉を制作するために、私たちは3頭の異なる犬種をレコーディングし、動物たちが疲れ過ぎないようにさまざまなサウンドライブラリで足りないところを補いました。プレイヤーであるあなたとネバの間のコミュニケーションの要は、Wwiseで構築したシステムです。このシステムはネバの成長段階(子ども、若年、大人)、プレイヤーまでの距離(遠・近)、具体的なゲームプレイ場面などに基づいて構成されます。

img3

ゲーム中にあなたがネバを呼んだ時の流れです。Wwiseで1つのイベントを呼び出します。

この事例で、ネバが子どもの時はこのようになります:

img4

これらすべての感情は、すべてゲームプレイのシナリオです

さらに全体像を見ると:

img5

頭がおかしくなりそうですね

私たちはゲームに出てくるであろう嬉しい、悲しい、緊張などのシナリオを幅広く開発し、それぞれにCristinaが演出した複数のバージョンを用意しました。オーディオの鮮度を保ち、リピートを防ぐため、Gabrielが録音した口笛もランダムに再生されます。Wwiseにおけるセットアップは次のようになりました:

アルバがネバをWwiseで呼び出す

命名規則に熱心な私

上図からも分かる通り、子どものネバが遠く離れている「Far(遠く)」というステートには、8種の音のバリエーションと3種の口笛が入っています。同程度のアセット数が、ほかのランダムコンテナにもあります。私たちがWwiseで実装した構成は以下の通りです:

  • 狼の「タイプ」を制御するスイッチ
  • 距離を制御するスイッチ
  • ゲームプレイのムードを制御するスイッチ
  • 最初は距離スイッチをRTPCで制御しました。
  • ところが一部のケースで制約が発生したため、設定値はハードコードとし、RTPC対応を中止しました。

ゲームではこのように感じ取ることができます:

 

トランジション

『Neva』で特に強調したかったのは、探検中、パズル、戦闘の各ステージの切り替わりです。これを達成するために私たちはダイナミックレンジだけでなく、サウンドデザインも工夫しました。

映画『お嬢さん』などからインスピレーションを受け、場面と場面の間のゲーム内のトランジションをシームレスにしたいと考えました。エクスペリエンスをできる限りスムーズで線形にすることを目指し、ゲームよりも映画の影響が強く出ています。

これを達成するために同じアンビエントサウンドの異なるバージョンを複数使ったさまざまなトリガーを利用したり、正確なタイミングでスティンガーを発生させたり、特定オーディオ要素のテールを延ばしたりしました。同時に探検と戦闘の違いを強調したいと考え、切り替わり時のラウドネスを意図的に急変させています。

 

サウンドデザイン

簡潔に分かりやすくするため、『Neva』のオーディオエクスペリエンスに出現するライトモチーフやその他の特徴的な音について、主要な要素をまとめました。

  • ボスたち:ボス戦のはじめのヒット音と終わりのヒット音は、どのボス戦においても同じです。これにより、各種ゲームプレイの場面にプレイヤーが馴染むことができます。
  • 通常の敵たちはどれも、基本的な猿の鳴き声を少しだけ変化させたバージョンで表しています。
  • ボス王女はゲーム全体を通して、剣やスティンガーなどの特徴的な音を持っています。
  • 打楽器音:ヘルス回復やUI操作などの重要なアクションには、打楽器のオーディオ要素が加わります。これらのサウンドはスティンガーやイントロなどのレイヤーにも登場し、ゲーム全体の音楽スタイルとも一体化しています。
  • 収集物やお墓シーンのピッチは、音楽の調性によってレベルごとに変わります(任天堂ゲームの影響です!)。

 

まとめ

『Neva』は『Gris』から大きく前進し、全面的に改善されています。制作スタジオは自分たちのアイデアや直観に従うことにしたのです。直観やクリエイティブなビジョンに自信を持つことで、私たちは美しくも心が砕かれるような作品を生み出せたと感じています(泣けてしまうのが、このスタジオの作品の特徴だと思いませんか?)。オーディオに関してアニメーション、アート、プログラミング、QAの各チームがすべての段階で驚くほどに協力的で、これにより確実な協力体制が育まれ、私はこのプロジェクトに参加することができ、Nomada Studioのすてきなチームと再び旅をすることができたことを心より感謝しています。オーディオ業界の多くの関係者と協業することができたことにも感謝しており、私たちが追及したクリエイティブな方向性に満足しています。

ビデオゲームは実にユニークな芸術媒体です。優れた技術を持つメンバーたちと何年もかけて1つのプロジェクトに愛情と努力を注ぎ込み、プレイヤーが作品に繋がりを感じてくれることを心待ちにします。ようやくゲームがリリースされた時、まるで自分自身の中の小さな何かがコミュニティと共有された気がします。そして私たちは、次へとすすんでゆきます。しかしこの経験は深く感動的で、自分自身の中に作品と共鳴する部分があると感じます。

読んでくれたみなさんや、『Neva』をプレイしてくれるみなさんに感謝しています。

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この記事はWwise Up On Airストリーミングでの、私のプレゼンテーションを文書化したものです。動画でご覧になりい方はこちらでどうぞ!

ルーベン・リンコン

オーディオディレクター

ZA/UM

ルーベン・リンコン

オーディオディレクター

ZA/UM

私はビデオゲームのオーディオディレクター兼サウンドデザイナーです。これまで11年間に渡り、『Neva』、『Fall Guys』、『Gris』、『レインボーシックス シージ』、『アサシン クリード III リマスター』など、すばらしいゲームに携わってきました。現在は『Disco Elysium』を制作したZA/UMにおいて、オーディオディレクターを務めています。

Bluesky

 @_rubenrincon_

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